アポトーシス/Official髭男dism<歌詞の意味と解釈を考察>年老いても愛したい

歌詞考察

Official髭男dismのアポトーシスの歌詞の意味と解釈を考察していきたいと思います!

この曲は8月18日に発売される2ndアルバムの「Editorial」に収録される一曲となっています。

大人気の髭男の話題のアルバムのリード曲をより深く味わっていきましょう!

概要

この曲は2021年8月11日に2ndアルバムの「Editorial」発売に先駆けて配信が開始されました。

Official髭男dism – アポトーシス[Official Video]

アルバムはこの「アポトーシス」やドラマ恋は続くよどこまでも主題歌の「I LOVE…」、めざましテレビテーマソング「HELLO」をはじめとし、
アニメ東京リベンジャーズのオープニング主題歌「Cry Baby」やカルピスウォーターCMソング「パラボラ」、映画コンフィデンスマンJP主題歌「Laughter」、そして映画ドラえもん主題歌「Universe」など豪華全14曲が収録されます!


8月18日にリリースされLIVE DVD&Blu-ray Verも同時にリリースされます。
「Official髭男dism FC Tour Vol.2 – The Blooming Universe ONLINE -」としてライブ映像が15曲分も収録されます。

さらに「Editorial」のCD+Blu-ray盤およびCD+DVD盤には東京・Bunkamura Studioで一発撮りで収録された「Editorial」「アポトーシス」の弾き語り映像のフルバージョンがスペシャルコンテンツとして収録されます。

ここでしか見られない映像なので絶対にcheckしましょう!!

アポトーシスとは

特徴的なタイトルである「アポトーシス」。

Wikipediaで調べるとこんな風にでてきました。

アポトーシス、アポプトーシスとは、多細胞生物の体を構成する細胞の死に方の一種で、個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる、管理・調節された細胞の自殺すなわちプログラムされた細胞死(狭義にはその中の、カスパーゼに依存する型)のこと。

ちょっと難しいですかね?
簡単に言うと、細胞が必要無いと感じたら自ら死ぬことをアポトーシスといいます。

例えばオタマジャクシがカエルになるときに尻尾が消えますよね?これもアポトーシスの一つです。

ではこの曲でアポトーシスという言葉が使われた理由は何でしょうか。

それは愛し合う二人がいてどちらかが亡くなってしまうことになぞらえているからです。

それでは詳しく見ていきましょう!

ナナメ
ナナメ

この深い愛の意味が分かれば泣いちゃうで!

Point
  • 「訪れるべき時」って何?
  • 物語の主人公は老夫婦!?
  • 永遠の深い愛

歌詞

訪れるべき時が来た もしその時は悲しまないでダーリン
こんな話をそろそろ しなくちゃならないほど素敵になったね

恐るるに足る将来に あんまりひどく怯えないでダーリン
そう言った私の方こそ 怖くてたまらないけど

さよならはいつしか 確実に近づく
落ち葉も空と向き合う蝉も 私達と同じ世界を同じ様に生きたの

今宵も鐘が鳴る方角は お祭りの後みたいに鎮まり返ってる
なるべく遠くへ行こうと 私達は焦る
似た者同士の街の中 空っぽ同士の胸で今
鼓動を強めて未来へとひた走る
別れの時など 目の端にも映らないように そう言い聞かすように

いつの間にやらどこかが 絶えず痛み出しうんざりしてしまうね
ロウソクの増えたケーキも 食べ切れる量は減り続けるし

吹き消した後で包まれた この幸せがいつか終わってしまうなんて
あんまりだって誰彼に 泣き縋りそうになるけど

さよならはいつしか 確実に近づく
校舎も駅も古びれてゆく 私達も同じことだってちゃんと分かっちゃいるよ

今宵も明かりのないリビングで 思い出と不意に出くわしやるせなさを背負い
水を飲み干しシンクに グラスが横たわる
空っぽ同士の胸の中 眠れぬ同士の部屋で今
水滴の付いた命が今日を終える
解説もないまま 次のページをめくる世界に戸惑いながら

今宵も鐘が鳴る方角は お祭りの後みたいに鎮まり返ってる
焦りを薄め合うように 私達は祈る
似た者同士の街の中 空っぽ同士の腕で今
躊躇いひとつもなくあなたを抱き寄せる
別れの時まで ひと時だって愛しそびれないように そう言い聞かすように

訪れるべき時が来た もしその時は悲しまないでダーリン
もう朝になるね やっと少しだけ眠れそうだよ

作詞/作曲 藤原聡

歌詞考察

一番

訪れるべき時が来た もしその時は悲しまないでダーリン
こんな話をそろそろ しなくちゃならないほど素敵になったね

恐るるに足る将来に あんまりひどく怯えないでダーリン
そう言った私の方こそ 怖くてたまらないけど

僅かなフレーズでいきなり世界観に引き込まれます。

いきなり出てくる「訪れるべき時」とは何でしょうか?
それを解明するために先のフレーズを見てみましょう。

ダーリンとありますから愛し合う二人が居ることが分かります。
先に説明すると、この曲は年老いた夫婦が主人公になってきます。

ダーリンという言葉が二回でてきますよね?
このことから上のブロックと下のブロックで語り手が違うのではないでしょうか。

下に「私」とありますから下が奥さん上が旦那さんだと考えられます。

そして曲全体を通して長年の愛とその終わりの美しさを表現しています。

さあ、話は戻って「訪れるべき時」とは何なのか。
もう分かったんじゃないですか?

それは年老いた夫婦のどちらかが亡くなってしまう時です。

で亡くなるのは恐らく旦那さんのほうでしょう。苦しんで亡くなるというよりは、こんな将来の会話ができるぐらいですから病気や老衰で穏やかなイメージがつきました。

そしてこの曲は奥さんの目線から書かれているように感じます。

旦那さんが亡くなってしまう。そんな別れを悲しまないでほしい。
こんな話をそろそろ しなくちゃならないほど素敵になったね」という表現からも二人は老いることを美しく思い、長年愛し合ってきたことが分かります。

命が終わることを美しく思っているから、怯えないでと言ったものの、いざ現実味を帯びてくると本当は悲しいし、怖いのです。

さよならはいつしか 確実に近づく
落ち葉も空と向き合う蝉も 私達と同じ世界を同じ様に生きたの

命が宿るものに終わりがあることは皆平等です。

落ち葉や蝉といった命の儚さや枯れる美しさ、懸命に生きた力強さを感じると共に、旦那さんに対しての命に対する覚悟が感じられます。

今宵も鐘が鳴る方角は お祭りの後みたいに鎮まり返ってる
なるべく遠くへ行こうと 私達は焦る
似た者同士の街の中 空っぽ同士の胸で今
鼓動を強めて未来へとひた走る
別れの時など 目の端にも映らないように そう言い聞かすように

この「お祭りの後の静けさ」みたいに誰しも分かる情景を言葉にするのが上手いなあ笑
さっきまでの人波と熱気が無かったかのような凛とした儚さと体を伝うひんやりとした空気が蘇りました。

このサビで伝えたいのは、「終わりの予感が漂っているけど、そんなもの振りほどいて残された時間を目一杯楽しもう」ということだと考えます。

「鐘が鳴る方角は鎮まり返っている」これはあの世に行ってしまうと考えられます。鐘の音がするから呼ばれているようで、つい行ってしまいたくなるけど帰って来れなくなるから遠くへ行こうと焦っている。

街には同じような人がいるけどこれは二人の物語。 「似た者同士の街の中 空っぽ同士の胸で今」というフレーズでマクロな視点からミクロな視点に切り替わって二人の存在を際立たせます。

訪れるべき時が来た時に悲しまないように二人で全力で今を楽しむ、そんな喜び未来への期待を感じました。

ナナメ
ナナメ

こんな夫婦になれたらいいなぁ

Official髭男dismオフィシャルホームページ

二番

いつの間にやらどこかが 絶えず痛み出しうんざりしてしまうね
ロウソクの増えたケーキも 食べ切れる量は減り続けるし

吹き消した後で包まれた この幸せがいつか終わってしまうなんて
あんまりだって誰彼に 泣き縋りそうになるけど

この辺りからも主人公がただのカップルではなく、老いた二人の物語だと分かります。

自分の体に起こる変化から自分達が年を取ってしまったのだと自覚させます。この曲に「老い」とか「年を取った」というフレーズは出てこないのですが、逆に情景がくっきりしてリアルに年月を感じさせます。

幸せだと感じるこの瞬間もいつかは終わってしまいます。それは皆平等です。

さよならはいつしか 確実に近づく
校舎も駅も古びれてゆく 私達も同じことだってちゃんと分かっちゃいるよ

「死」そのものよりもそこに向かっていく「老い」を校舎や駅からイメージできるのではないでしょうか。

今私たちが過ごす時間に着実に古くなり老いている。それには抗うことはできないのです。

「分かっちゃいる」という所から、分かっているけど分かりたくないというどうしようもないジレンマも感じられます。

今宵も明かりのないリビングで 思い出と不意に出くわしやるせなさを背負い
水を飲み干しシンクに グラスが横たわる
空っぽ同士の胸の中 眠れぬ同士の部屋で今
水滴の付いた命が今日を終える
解説もないまま 次のページをめくる世界に戸惑いながら

「別れの日」があった上での「」をリアルに切り取られています。

リビングという日常の風景の中に不意に悲しみを見つけてしまいます。何気ない日常がいつか終わってしまい、日常で無くなってしまうかもしれない。そんなところにやるせなさを感じます。

そしてベッドの上でそんな日常を噛みしめながらゆっくりと今日を終えるのです。

リミットがいつなのか誰かが教えてくれれば安心なのですが、そんな人は居らず、刻々と一日は終わっていきます。

一番では終わりというものにフォーカスし、それを踏まえて二番では終わりがあっての今というものに焦点が合わせられていると感じます。

ナナメ
ナナメ

やっぱ好っきゃねん

ラスト

今宵も鐘が鳴る方角は お祭りの後みたいに鎮まり返ってる
焦りを薄め合うように 私達は祈る
似た者同士の街の中 空っぽ同士の腕で今
躊躇いひとつもなくあなたを抱き寄せる
別れの時まで ひと時だって愛しそびれないように そう言い聞かすように

あの世から呼ぶ鐘は今日も鳴ります。

一番では焦るだけでしたがそれを薄めるように二人で祈ります。
そこに焦るという心情だけでなく祈ることで二人でいることを確かに感じています。そして二人は同じ想い同じ方向を向いていることが分かります。

年を取ると愛していることを表現するのが少し気恥ずかしくなるでしょう。でもこの二人はそんな恥じらいなんて構わず、躊躇うことなく抱きしめて愛していることを確かめ合います。

別れというものがリアルに近づいているからこそ、一瞬の後悔を残さないという思いが強く伝わります。

訪れるべき時が来た もしその時は悲しまないでダーリン
もう朝になるね やっと少しだけ眠れそうだよ

純粋に昨日の夜、抱き寄せて眠って朝になったという解釈でもいいと思います。

ここでナナメ流の解釈をしちゃってもいいですか??

前のブロックから時間は経って旦那さんは亡くなってしまっていると考えてみます。
そうなるとこれは奥さんのセリフになります。

つまりここでの奥さんにとっての訪れるべき時とは奥さんが亡くなる時です。しかし同時に天国で旦那さんと会える時でもあります。

だから悲しいことではなくて、また会える時なんだと天国の旦那さんに呟いているのではないでしょうか。

朝なのに眠る。一見矛盾した言葉です。
しかしこの眠りが永遠の眠りなら朝でも関係は無いですよね。

永遠の愛は天国に居ても続いていくのです。

おわりに

アルバムのリード曲にふさわしい壮大で、でも身近な世界観でした。
若い男女の愛が歌われやすいこの世の中にこれほどまでに深い永遠の愛を歌った曲は珍しいのではないでしょうか。

この曲を聞いた人達がこの夫婦のような人生を送りたいと思ってくれたら世の中はもっといい方向に進むような気がします。

そんな「アポトーシス」が収録される「Editorial」のアルバムに付属するDVDとBlu-rayには、
ここでしか見れないこの曲を弾き語りした一発撮りの映像収録されているので絶対にcheckしましょう!!

こちらの記事で紹介されました

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